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神様が与えてくれた命

 神様が与えてくれた命を生きる。
 
 先日、2年位、病院に伏して半身が身動きとれない母から緊急呼び出しが看護師経由で、兄弟にあった。慌てていったが、何事もなく、元気そうでありがたかった。だだ元気してくれるだけも、いろんなことを教えてくれるし、兄弟、それぞれ学ばないといけないことが多い。病院がとても大切に世話してくれるとはいえ、心の『張り合い』、『期待すること』について考えさせられました。

 残念ながら、母には、病院を抜け出して、自由に世界を味わえる元気もない。堀辰雄の『菜穂子』で次様なふと浮かんだ。

  ある日、菜穂子は八ヶ岳山麓の結核療養所へ入院することになった。

  『十二月になってからは、曇った、底冷えのする日ばかり続いた。(菜穂子は)終日、開け放した寒い病室の真ん中の寝台にもぐり込んだ儘、毛布から目だけ出して、顔じゅうに痛いような外気を感じながら、暖炉が愉たのしそうに音を立てている何処かの小さな気持ちのいい料理店の匂だとか、其処を出てから町裏の程よく落葉の散らばった並木道をそぞろ歩きする一時ひとときの快さなどを心に浮べて、そんななんでもないけれども、いかにも張り合いのある生活がまだ自分にも残されているように考えられたり、又時とすると、自分の前途にはもう何んにも無いような気がしたりした。何一つ期待することもないように思われるのだった。

「一体、わたしはもう一生を終えてしまったのかしら?」と彼女はぎょっとして考えた。「誰かわたしにこれから何をしたらいいか、それともこの儘何もかも詮あきらめてしまうほかはないのか、教えて呉れる者はいないのかしら? ……」

雪が激しく降る日、菜穂子は衝動的に療養所を抜け出し、北風で片側だけが雪で真白な列車に乗り新宿駅に向った。東京も雪だった。菜穂子は自宅へ電話し、銀座で夫と待ち合わせた。・・・・ 自分の行動に一生を賭けるつもりで来た菜穂子だったが、圭介は菜穂子が何故来たのか深く追求しなかった。・・・・菜穂子は、明日一人で療養所へ帰ると言った
 
 「一つの想念が急に彼女の心に拡がり出していたからだった。それは自分がきょうのように何物かに魅せられたように夢中になって何か手あたりばったりの事をしつづけているうちに、一つ所にじっとしたきりでは到底考え及ばないような幾つかの人生の断面が自分の前に突然現われたり消えたりしながら、何か自分に新しい人生の道をそれとなく指し示していて呉れるように思われて来た事だった。」 

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