揺れる心

　正しい言葉と知識にもとづく意志的感情が、人間の心を強め、互助と共生の関係を促進し、生命と人間の尊厳を高める。（大江矩夫）

　　ゲーテのファーストにも、「人間は努力するかぎり迷うもの」という迷う人間が出てきます。

　[悪魔）メフィストは「人間どもは、あなたから与えられた理性をろくな事に使っていやしないじゃないですか」と嘲り、主はそれに対して「常に向上の努力を成す者」の代表としてファウスト博士を挙げ、「今はまだ混乱した状態で生きているが、いずれは正しい道へと導いてやるつもりである」と述べる。メフィストはそれを面白がり、ファウストの魂を悪の道へと引きずり込めるかどうかの賭けを持ちかける。主は、「人間は努力するかぎり迷うもの」と答えてその賭けを容認し、かくしてメフィストはファウストを誘惑することとなる。

　喜怒哀楽の感情は、情動と呼ばれて、そのような感情が激しくなると、コントロールが難しくなります。理性があると、正しい言葉と知識にもとづく行動がとれます。心に隙がないときには、言語を持つ人間にもっとも特徴的意志的感情により、誘惑に簡単に打ち勝つことができます。信念の強さが欲望・誘惑で試されるときに、人間の心は揺れ動きます。矛盾する価値観の間で、どっちにすべきか、炎のように、揺れています。

　倉田百三は、一燈園での生活や、２人の姉の急逝や、実家の凋落や、体調不良や、精神的な葛藤や、宗教への関心を内にひめて、『出家とその弟子』で遊女を愛した僧侶を書いています。喜怒哀楽の感情があるから、いろんな葛藤があり、人間らしく生きることができます。たとえ、それをうまくコントロールできなかったにしても！

「信じてだまされるのは、まことのものを疑うよりどれほどまさっているだろう。（親鸞の台詞）」

「たとえ遊女でも純粋な恋をすれば、その恋は無垢（むく）な清いものです。」

「恋は二つとない大切な生活材料だ。まじめにこの関所にぶつかれば人間は運命を知る」

「誰も一生に一度は恋をするものだ。人間の一生の旅の途中にある関所のようなものだよ」

　　サガン　　『悲しみよ　こんにちは』
　　ものうさと甘さとがつきまとって離れないこの見知らぬ感情に，悲しみという重々しい，りっぱな名をつけようか，私は迷う。その感情はあまりにも自分のことだけにかまけ，利己主義的な感情であり，私はそれをほとんど恥じている。ところが，悲しみはいつも高尚なもののように思われていたのだから。私はこれまで悲しみというものを知らなかった。けれども，ものうさ，悔恨，そして稀には良心の呵責も知っていた。今は，絹のようにいらだたしく，やわらかい何かが私に蔽いかぶさって，私をほかの人間から離れさせる。

　「生命言語理論」（大江矩夫）
　人間は、欲求や興味・関心に従って、自然と社会環境の状態を、何が（what）どのように(how)存在するか（認識して）音声信号（言語＝主語＋述語）化する。そして、それらを再構成（判断・思考）して、自己の欲求と感情に基づいた観念的世界（知識）をつくり、それらに従って世界を合理化（意味づけ）しながら行動する存在である。

＜欲求＞
⇒基本的動因となる欲求は、哺乳類では個体と種族の維持に分類される。
　個体維持
　エネルギー代謝：呼吸，休息・睡眠，飲食・排泄（内的恒常性）
　安全保持：苦痛回避，快楽追求，好奇心，防衛（個体安全性）
　自己表出：模倣・学習，探索，承認，遊び，優越（発達享楽性）
種族維持
異性関係：性愛（恋慕・性交），配偶関係
　母子関係：育児（母性），保護，依存，自立（成長）
　集団関係：安全・安心，援助，秩序，協同行動

＜行動を制御・推進する感情反応＞
⇒感情反応は、内的反応であると共に行動の原動力になる。感情は、肯定的感情、否定的感情、意志的感情に分類できる。
肯定的感情：　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
[一般的感情] 快，満足，自由，安心，喜び，楽しみ，おかしさ等、
[社会的感情] 連帯，愛情，保護，優しさ，安全，解放等（利他的）
[優越的感情] 優越，自信，自尊，勝利，所有，支配等（利己的）
否定的感情：
[一般的感情] 不快，空虚，不安，悲哀，恐怖，当惑，失望、疲労等、
[社会的感情] 孤独，憎悪，怨恨，怒り，嫉妬，閉塞等（排他的）
[劣等的感情] 劣等，不信，自虐，敗北，拘束，恥辱，罪悪等（自虐的）
意志的感情：
　好奇，希望，期待，願望、意欲，信念，義務，正義，挑戦、祈り、退行等、
　意志的感情は、 自己の意図や目的、欲求や希望を実現するか、実現したときの感情、充実感・達成感、祈り、感謝、または否定的な意志である。